プロフィール〜失われたビヨンドを取り戻す〜

僕が歩んできた人生

 

 

おばあちゃんを筆頭に愛をたくさん受けた幼少期

 

 

東京の府中市で産まれました。

1歳とちょっとでアルファベットを全て暗記するなど、僕の家では「天才なんじゃないか」ともてはやされていました。

1から10まで数えるに4歳までかかった時、僕の母は僕が天才ではないと悟ったようです。

 

僕の家はとにかく「褒める」文化がおばあちゃんを筆頭にありました。

おばあちゃんは地元のマザーテレサと呼ばれるくらい誰に対しても優しくて、ホームレスのおじいさんとも仲良くなってお茶をしてしまうくらい社交的な人です。

僕は「ゆうちゃん」と呼ばれていて、いつも「ゆうちゃんはお利口ね」、「ゆうちゃんはイケメンね」といってくれていました。

(今でも言ってくれます、もちろん)

 

たっぷり愛をうけて育った僕は、自分のことも大好きだし、人のことも大好きになりました。

僕が普段、「コミュ力おばけ」と言われたり、すぐ人のいいところを見つけられるのはおばあちゃんの影響に間違いありません。

 

優等生だった小学校時代と部活に励んだ中学時代

 

 

小学校に入学すると、持ち前の明るさやおしゃべりを発揮します。

勉強も学年で一番か二番にできたので、正直両親は鼻が高かったと思います。

小学校四年生の時には「あなたはクラスの太陽です」と担任の先生が通信簿に書いてくれたこともありました。

 

中学は私立の中高一貫校に入り、ソフトテニス部に入部。

夏休みもほとんど部活に励み、

中学三年では副部長を勤め、都大会に出場したり、東京の私立の中学で3位になったりと活躍しました。

 

部員も一学年7人程度と、運動神経がそこまでよくない僕でもレギュラーになれる部活だったのでとても居心地が良かったです。

ここで充実した時過ごし、自己肯定感がますます高まっていきました。

しかし、次の高校時代で僕の人生の暗黒期に突入します。

 

「いけてない」ことを思い知り、自信を喪失した高校時代

 

 

高校でも当然ソフトテニスをと思いましたが、高校のソフトテニス部はコーチがいませんでした。

もともと、僕のいた中高一貫校は硬式テニスが頭おかしいくらい強く、ソフトテニスは地味なやつが集まっていて、かつプニプニのボールを使うので「やわらかテニス」と言われたりしたバカにされていました。

 

もっといけてる部活に入って、女子にキャーキャー言われたいと思って入部したのはバレー部。

さらに、丁度、バンド映画のBECKが金曜ロードショーかなんかでやっていて勢いでギターを購入し、友人とバンドを組みました。

これでイケイケの高校生活の始まるぜ!!!

 

そう思いきや、まずバレー部が辛すぎて退部。元サッカー部など運動神経がいいやつがどんどん上達し、僕はずっと球拾いという境遇。

試合になった時の、審判をしている僕の「誰にも注目されない孤独」

部員の少ないソフトテニス部であぐらを書いていた僕は耐えきれませんでした。

 

組んだバンドも、圧倒的に音楽センスがないことが発覚し、クビに

自分が一からいろいろな人を説得して再結成したバンドも、主催者の僕がクビになり、残りのメンバーで学祭にでて喝采を浴びるという、人生史上「穴があったら入りたい」事件第3位には確実に入る悲劇も起こりました

 

「スポーツか音楽ができるやつ」

 

 

が人気者の絶対条件の中、僕は学内一位のネタキャラになりました。

伝統校で典型的な日本社会の縮図のような高校は、

でしゃばって失敗した僕を容赦なく、徹底的に叩きました。

 

仲良いと思っていた友人に影でめっちゃ陰口言われていたり、いきなり裏切られたり「なんでお前のために時間使わないといけないの?」って言われたり、

高一のクラスLINEのグループを毎回退会させられたり。

 

僕はヘラヘラ笑っていましたが、正直めちゃ嫌でした。

 

そして、高校という社会の中で、俺はいけてない(ダサい)ことを思い知りました。

今まで、発言したり、人前で何かするのが好きだった僕は一気に自信がなくなり、窮屈さを感じながら生きることになりました。

 

超ノービヨンド人材になった僕

 

 

自信を失った僕は、「次俺がこういったらみんなはなんて思うだろう?怖いな」

と思うようになっていました。

次第に、やりたいことがあっても、人の顔色をうかがってばかりで何もできなくなりました。

 

典型的な話は、一年アメリカに留学できるチャンスがあり、喉から手が出るほど行きたかったのに

 

「お前の英語力の分際で?」

 

という声が、誰も発していないのに耳から聞こえてきてあきらめたこと。

 

「受験に支障が出るから」と自分に嘘をついて、やりたいことを諦める。

挑戦しないことを正当化する。

 

逆に不器用でも頑張って挑戦している人を見て、羨ましくて悔しくて、

「受験したほうがいいんじゃないの?」「あんま頑張ってるとイタイよ」などとこっちの世界に引きずり込もうとしたり、disる。

 

そんな最高にノービヨンド(ビヨンドしていない*ビヨンドの説明は後で解説されるのでよければご覧くだい)自分がめちゃめちゃ嫌いでした。

 

そんな僕を変えた恩師の存在

 

Y先生、こんな画像でごめんなさい

 

そんな中、唯一僕のポテンシャルを認めてくれる先生がいました。

Y先生という僕の恩師です。

 

その先生に、「お前は将来絶対世界で活躍できる。英語やんな。死ぬ気でやんな!!!」

とハッパをかけてもらい、志望校も国際系でトップクラスの東京外国語大学を第一志望に勉強を始めました。

 

留学生のアイザックとバディになって生活を共にしたり、ドラゴンイングリッシュという参考書をやり込んで高校生にしてはかなり英語がしゃべれるようになったのもこの時期です。

具体的な勉強方法はこの記事で解説しています。

役に立たない受験英語から、生きた英会話へ。ドラゴンイングリッシュは何もなかった僕を「英語ならある僕」に変えてくれた。

2016.12.21

 

日韓高校生交流キャンプに参加し、志の高い日韓の高校生とキャンプしたり、デンマークの高校生を僕の高校に誘致するプログラムのリーダーをやったりとボロボロだった自分に徐々に自信がついてきました。

 

受験は、第一志望の東京外国語大学に落っこちましたが、第二志望のICU(国際基督教大学)に受かっていたのでICUに進学しました。

よく「なんで早慶受かったのに、ICUなの?」と聞かれますが、単純にICUに自分の「匂い」を感じたというのが一番の理由です。詳しくは以下の記事をどうぞ。

早慶を蹴ってICUに進学し3年がたった僕が思う「充実した大学生活の送り方」

2017.10.27

 

一瞬で終わった大学生活1,2生

 

若すぎる一年生時代

 

大学1、2年目はとにかく高校で失った自信と自己肯定感を取り戻したく、いろいろなことに挑戦しました。

ハマったのが、演劇と合唱のゴスペルサークル。

 

もともと、演劇や合唱に興味があったのですが、高校時代はなぞの「文科系はダサい」という空気感に包まれていたため、挑戦できていませんでした。

ICUという大学は多様性に溢れていて、世界各国の留学生が集まるし、海外志向の人が多く、他人の目を気にしない校風なため、なんでも挑戦できます。

 

とにかく目立ちたい、人に認められたいという欲求から、

7公演中、3回演劇では主役をやったり、

 

自己承認欲求が強すぎて、「俺はもう主役しかやりたくありません」と言っていました

 

合唱もソロとして前で歌ったりしていました。

 

 

役者になろうなんてのも一時考えました。

 

 

学生生活は楽しいの一言。

人間関係がリセットされた場で、僕は見事大学デビューを果たしました。

友達に恵まれ、あっという間に2年が過ぎました。

 

人生が音をたてて変わりだした大学三年

 

最後に主役の公演をやらせてもらい、狂ったようにやっていた演劇の生活も終わりました。

 

しかし、2年の夏頃から、「物足りない」と感じ始めている自分がいるのに感じだしました。

サークルも勉強も友達もみんな充実してる。

150人の前で主役の公演をした。

 

でも、何か違う。

そのもやもやの訳を探しに、自分の物差しをひろげようと学外にて活動を始めました。

 

めちゃめちゃかっこいい社会人と学生に出会ったその先に

 

一気に経営者との出会いが増え、社長のもとに事業案をプレゼンしに行ったりするようになりました。

 

そこから僕は鬼のようにかっこいい社会人や学生とたくさん出会うことになります。

 

武者修行

 

確実に人生が変わりだす一歩だった武者修行というインターンシップ。いまでもここで出会った仲間とはいまでも頻繁に連絡を取り合っています。

 

ベトナムで英語学校の新規事業を生み出す過酷なインターンをしたり、

 

HLAB


ハーバードとオックスフォード生に挟まれながら最強の夏合宿を作っていました。寝てるやつもハーバードです。

ハーバード、オックスフォード生、東大生、京大生に囲まれながら高校生に市場最強の夏合宿を作ったり、

この合宿では空前の「ビヨンド」ブーム。僕の大好きな言葉、ビヨンドが流行語になりました。

 

BeyondCafe

 

ISETANのスーツ「戦闘服」を無料でいただきました。

 

渋谷の世界一熱い会社BeyondCafeで特注のスーツをもらう選考に受かったり、

バズキャリアなどと協力して新しい「第0新卒」という高卒の人や転職を考える若者のための新しい採用の形を0から立ち上げるインターンをしたりしました。

BeyondCafeのインターンでは間違いなく自分の人生に今後大きな影響を与える経験ができました。この恩を絶対返します。

Beyond Cafeについては以下でまとめています。

[教えたくない]学生に無料の渋谷のカフェBeyondCafe(ビヨンドカフェ)に大学生が今すぐ行くべき5つの理由。

2017.05.14

 

一千人以上の社会人や学生と出会い、みんなと話していく中で、俺は

 

高校時代の自分のように「やりたいことはあるけど、自信がなくて一歩踏み出せない人」が踏み出すのを手助けする

 

それができたら幸せだなと感じるようになりました。

 

株式会社ふんどし部でインターン

 

 

「やりたいことはあるけど、自信がなくて一歩踏み出せない人」が踏み出すのを手助けする

そのためにまず自分が一歩踏み出さないといけない。

そう思い、

 

ふんどしを株式会社ふんどし部で履き始めました。

なぜかつるしベーコンというでかいベーコンを持ってそれをふんどしで食レポするというキャラ設定ですが、

一部でウケています。

以下から、僕の「ふんどしつるしべーこん」としての記事が読めます。

ドイツへ

 

百人規模のパーティー「SAMURAI PARTY」を主催するなどめちゃくちゃ楽しんでいます。

 

3年の秋からはドイツのミュンスター大学で一年の交換留学中です。

高校時代を振替り、「自分に自信が持てなかったのは、日本の教育制度に問題があるのでは」と言う疑問を持つようになりました。

 

日本と経済力や人口、資源は等しいのに小学生にセンター試験やらせて落ちた人は大学に行けないという鬼畜な制度を持つドイツで日本の教育をもう一度見つめようとの思いからドイツに留学しています。

 

性格

 

 

性格はとにかく情に熱いです。

冒頭でも行ったように、

家族、とくにおばあちゃんから愛を注がれまくって生きてきたので、基本人が好きだし、信じます。

 

性格は結構適当で、自分の興味ないものにはとことん手を抜きます。

大学でのパソコンルームの掃除のバイトを極限まで手を抜いやったら、まったく最初と変わっていないと言われてクビになりました。

 

日本で十番くらいに優しくて社交的なおばあちゃんの元で育ったので、

日本で50番目くらいにコミュ力高いです。

とくに外国人とは3秒で友達になれます。

 

外国人と仲良くなることには圧倒的な自信があります。

 

あと、飽きっぽいです。いろいろアイディアが浮かんで実行するんですが、すぐに飽きます。

そんな僕が何かを始めるとすぐ友人が「いつまで続くの?」って言ってきます。

うるせえ。

多動力読んどけ。

 

 

趣味、特技

 

去年の夏はずっとアジアを旅していました。

 

趣味はいろいろあります。やってきたことは数えきれないですが、

 

自分磨きがめちゃめちゃ好き。

筋トレや読書にハマっています。

 

バックパッカーでもあります。一人旅も新しい出会いを楽しめるタイプなので好きです。

 

演劇部だったので声が通ります。

なので、自主制作ラジオも友達とやっています。

 

英語も純ジャパ(純粋なジャパニーズ)の中ではかなり喋れる方です。

50円英語コンサルあるので、受けたい方は是非!

(BASE立ち上げ中です)

 

 

あと、ギターがあれば即興で歌を作れます。

なぜか毎回留学先で作らされるのですが、結構うけますね。

ふんどしやさしいまん(株式会社ふんどし部取締役)のお墨付きでもあります。

 

 

 

憧れの人

 

 

杉岡祐也さん

僕がインターンしていた株式会社Beyond Cafeの社長です。

かっこよすぎて、社長の引越しについて行ってパシリになりました。

 

「人の可能性は無限大だ」を証明するというビジョンを持っていらして、

そのためにまず自分自身が高卒と言うキャリアでも圧倒的に成長できることを世の中に証明し続けています。

かっこよすぎるだろ。

25歳で三つの会社を経営する杉岡さん。とても近い郷里で一緒に働かせてもらった経験は本当に貴重なものでした。

 

ちなみに、杉岡社長からはべーこんと呼ばれています。

 

恋愛

 

 

自慢でもなんでもないと言いながら、自慢なんですが、僕が今まで付き合ってきた人はかなり可愛いです。

モデルや学内アイドル。

ずっと面食いで、面がいい人には片っ端から告ってきたからなのですが(振られまくっています)

最近では、

 

  • ポジティブな人
  • 自分が停滞しているときに厳しくケツを叩いてくれる人
  • 調子乗ってるときにちゃんと自分がなんでもないやつだと教えてくれる人
  • 本人が辛いときに自分に甘えてくれる人

 

めちゃ好きです。

 

夢とビヨンドと今後のビジョン

 

 

僕の今の夢は、

「高校時代の自分のような、やりたいことがあっても自信がなくて挑戦できない人がいい意味で調子に乗って挑戦しまくれる社会を作る」こと。

そのために、

まず僕が一歩踏み出し、「高校時代あんなにだめだったやつでも輝ける」と言うことを証明していきます。

 

みんながビヨンドしまくる社会へ

 

 

さらに、イノベーションを起せる人材が少ないと言われる日本だからこそ、その社会風土、システムを変えて「高校時代の自分のような、やりたいことがあっても自信がなくて挑戦できない人がいい意味で調子に乗って挑戦しまくれる社会を作る」ことが必要だと思います。

僕は口癖のように、

「ビヨンド」と言います。

英語ではBeyond(超える)という意味で使われますが、

 

このブログの題名にもなっているこのビヨンドは、僕の中で

 

昨日の自分を超えること、つまり昨日の自分より素敵になること

 

と定義しています。

なんでもいい。

昨日まで食べれなかった椎茸が食べれるようになるとか、今まで発言してこなかった授業で手をあげるとか、

 

一人一人にあるビヨンド。それを繰り返すこと。

そうすることで、まずあなたが素敵な人間になり、周りの人があなたを見て羨ましくなり、ビヨンドする。いずれは日本全体がビヨンドで溢れ絶対に面白い国になる。

そんな社会を作っていきます。

 

失ったビヨンドを取り戻す

 

 

高校時代、あんなに自信がなく、挑戦できなかった僕。

そんな自分はもういません。

 

でも、たまに陰口を言われていたり、失敗するとくじけそうになります。

普通に弱いです。

 

でも、やる。もう、自分には嘘をつかない。

失ったビヨンドを取り戻し、さらにビヨンドする。

そう思っています。

 

ビヨンドしたい人。

このブログを通して、僕と一緒にビヨンドしていけたらとても嬉しいです。

どうぞ、宜しくお願いします。

 

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